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パパの育児休業体験記

育休を取得するという強い意思と何をするべきかを真剣に考えることが、育休を温かく受け入れてもらう鍵

執筆者と家族の写真
執筆者の横顔:
(1)会社員・課長、(2)約3,000人、(3)、40代前半、(4)、40代前半、(5)本人、妻、子(2人(6才、0才))(6)平成20年4月~5月( 1ヵ月間)

私の育児休業を振り返って

於久 英樹さん

「明日から名古屋で仕事だな。」振り返れば、長い育休もあっという間に過ぎ去った。GWを含めて、約3週間、家事と育児で一色の毎日の中での出来事を思い出し、家事の大変さを再認識し毎日やっている妻への感謝の念が湧き上がる。

家事には、「時間が無かったから」と言う事は出来ない。「時間が無かったから今晩はお風呂と御飯は無いよ」とは言えないし、思いがけない事も起きる。子供が怪我をしても、逃げ出す事は出来ない。

仕事も別の意味で大変だけど、「まあ、明日でもこれは良いなあ」と言う所もある。家事は、毎日高度な段取り組みを求められ、それをやっていかないと終わらない類の仕事。その中で育児もする妻はすごいと感服する。

娘が生まれる4ヵ月前に社内規定が変わり、男性でも子供が2歳になるまでに育休を取得出来る事を知り、直ちに取得を決意。時期は、後で周囲と相談すれば良いと考えた。

その後、名古屋への転勤がちらほら聞こえて来て、生まれる2ヵ月前に転勤が決定。家族会議(と言っても妻と息子と私の3人)で、私は名古屋へ単身赴任、新年度が始まったら、直ちに、育休を取る事にした。

と言うのも、息子も小学一年生になり、環境の余りの変化に妻への負担の大きさは想像がつかず、兎に角、娘の首が据わる3ヵ月間は出来る限りの人手がいると言うのが二人の結論だった。

会社の同僚、上司には、「育休を取る」と機会があれば言い続け、同時に、自分の仕事は、細大漏らさず何でも巻き込み、取得2ヵ月前から自分が不在でも業務に支障の無い体制を目指した。特に、不在中に迷惑をかける海外駐在員にはその間の代役をお願いし留守中に備えた。

同僚、上司には我が家と同じ年頃の幼い子が居ると言う事も幸いし、多くを語らずとも理解を得られた。

娘が生まれ、新年度となり、いよいよ育休に突入。妻は夜も定期的に母乳をやるので、朝食の準備は私の仕事。パンを焼く程度ながらも、慣れずにあたふたとしている自分を感じる。息子を起こし、せっつきながら、朝食を食べさせて、どたばたと送り出す。

その後に、掃除、洗濯をして妻が起きてくる。洗濯をしながら、普段から家族が清潔な服を着る為に使っている妻の労力の大きさを考え、平凡な事を続ける事の非凡さの大切さを実感する。

夜は、おっかなびっくりしながら、生まれたばかりの娘をお風呂に入れて、どたばたと息子も風呂に入れて寝かせる。

そんな中で、毎日、娘だけでなく息子の成長も実感出来る事に幸せを感じ、いつまでもその幸福が続いて欲しいと願っている自分が居る。

子育てと言う言葉は、大人の側からの目線の言葉で、共に育っていくのが本当ではと思う。「教育」ではなく「共育」。子供が教えてくれるものは、本当に無限。無邪気なもの、新鮮なもの等々千差万別。大人の凝り固まった頭を解きほぐしてくれる、ある意味、掛け替えの無い癒しかも知れない。

仕事と家庭の両立は難しいと言うが、それは多分、自分次第。二者択一と言う単純なものではなく、周囲と常に話し合って理解を得ながらバランスを取るのだと思う。その中で、一つだけ明確な事がある。家も仕事も一生懸命であれば、両方共に上手く行く。

仕事に復帰して、ただちに1ヵ月間の海外出張となった。けれども育休のお陰で家がしっかりしていると感じられ、余裕もって仕事に向かい合え、且つ、集中度も高くなる。家庭に帰れるのを楽しみにして自分が居て、本当に良いスパイラルになる。

掛け替えの無い家庭と家族。その為に育休が取れないのではなく、取ると言う強い意志を持って、どうするのかを真剣に考え、一日一日を真摯に過ごしていれば、自ずと温かい視線で職場でも受け入れて貰えると思う。

2度と無いその時に接せられるのは、大きな幸せだと私は確信しています。

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