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パパの育児休業体験記

慣れてくると、「こわごわ」から「てきぱき」に。沐浴、一緒のお風呂、外出をステージごとに感動はつきない

執筆者と家族の写真
執筆者の横顔:
(1)団体職員(非営利団体含む)、(2)0~99人、(3)40代後半、(4)30代後半、(5)本人・妻・子2人(女児2人)、(6)平成10年4月~6月、平成15年6月~8月(5ヵ月間)

男性だって 育休くらいは

吉田 昌哉さん

 一人目の時も二人目の時も、育児休業をとった。

 最初の子の時、妻は「当然、取るんでしょ」と、育児休業制度があるのに、それを利用しないなんてことは想像もしていなかった様子で、そのつもりで出産と出産後の計画をたてていた。「これって、絶対取らなきゃいけないのか」と自問した。「絶対か?と言われれば、特に、そういうわけでは」という言葉をぐっとのみこんで、決意した。妻との約束もあり、それにお腹の中にいるころから、話しかけてきた子どもの、せめて生まれたばかりの頃ぐらいは、世話をしたいという思いがあった。子どもに父親の代わりはいないが、仕事場ではいくらでも代わりがきくんだ、と割り切った。

 生まれたばかり人間との出会いは、驚きの連続だった。あの軽さ、首が座らず、ふにゃふにゃで、誰かが面倒を見なければ命すら維持できない無力さ。全面的に私の保護下にいるんだという支配感。命を看るという使命感。
 妻と子どもが退院して、わが家に戻ってからは、本当に過酷な「労働条件」だった。おむつを替えるときは、足をばたばたさせてなかなか簡単にはやらせてはくれない。へそを消毒したり、ミルクを作ったり、沐浴させたり、哺乳ビンの消毒、上の子は飲む以上に吐く子で、ミルクの後は随分長く肩にのせて背中を叩き、もう大丈夫かとベッドにおろすと、ゲップとともに苦労して飲ませたミルクが・・・。毎日同じことのくり返し、面倒くさいがマニュアル通りにやらなければ心配で、手を抜くことができない。

 赤ん坊の面倒は、途中で「やって」と言われても、絶対にできないし、それ以前に妻の方で任せではくれない。最初から24時間一緒にいたからこそ、やり遂げられたのだと思う。慣れてくると、「こわごわ」から「てきぱき」に。ミルクの時はわざわざ1階に降りていたのを、魔法瓶にお湯を入れておく方法を大発明したときには「我ながら」と感動した。こういうことって、具体的にどこにとは言えないが、確実に仕事に役に立っていると思う。沐浴を卒業して一緒のお風呂、最初の外出、ステージごとに感動はつきない。

 最初の育児休業は、2か月程度。育休明けの出社も、ちょっと長い夏休みといった感じで、部署が違えば「育休、取ってたんだ」と、特に珍しい目で見られることもなかった。2か月間は、休んでいる方は長く感じるけど、職場の方ではあっという間のことなのだろう。でも、あの2か月、本当に価値のある2か月だった。

 2人目の時は、自分という前例があったので、より抵抗なく、より長く育休を取ることができたし、職場の方も取らせることができたと思う。その意味でも、最初の育休の意義は大きい。赤ん坊の面倒は、2度目ということもあり、手の抜き方を心得たのでだいぶ楽になった。お姉ちゃんになった上の子も、手伝ってくれる。一人目の時に育休を取らなかったら、二人目の時も取らなかったであろうし、その前に二人目を産むことを(特に妻は)躊躇していたであろう。
 ある時、ベビーベッドの部屋から声が聞こえるのでそっと見てみると、お姉ちゃんが母親のように赤ん坊に話しかけていた。本当に2人を生んでよかったと思った。平和とか幸せを具象化すると、きっとこんな絵になるんだろう。世界中のすべての男性が子育てに携われば、戦争なんて起きないのだろう・・・とも思った。

 そんな娘達も10歳と5歳になった。下の子も幼稚園に行き、いつの間にか僕の知らない自分の世界を作っている。「ふにゃふにゃ」が懐かしく、「もう一人」ということも考えたが、今度は孫の時に「育休」を取ることとしよう。男は子どもが産めない分、育休くらいは取らないと、絶対損をする。

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