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パパの育児休業体験記

育児休業を取ったことで、同僚も育児に深い理解。育児は二人で分かちあうもの

執筆者と家族の写真
執筆者の横顔:
(1)公務員、(2)5,000人~、(3)30代後半、(4)30代後半、(5)本人・妻・子2人(女児2人)、(6)平成16年12月~17年3月(3ヵ月間)

妻と娘2人の4人世帯

匿名

 一人目の子が一歳の誕生日を迎え、妻の育児休業もまもなく終わろうとしていた。娘が泣くたびに不安でしかたなかった新米パパだった私も、娘を上手にあやせるようになり、オムツ替えや風呂入れもテキパキとこなせるようになっていた。仕事から帰ると、真っ先に娘のところへ行き、まだ言葉を発することのない娘に、いろんなことを話しかけていた。私が仕事をしている時に妻と娘の間であったことを妻から聞くたびに、私も子供と二人の時間が持ちたいという思いが膨らんでいった。幸い、我が家のそばには両親が住んでおり、いざというときには頼れるという安心感も手伝って、いつしか二人目の子供の時には育児休業を取ろうと心に決めて、妻も大いに賛成してくれた。
 妻が仕事に復帰して数ヵ月が経ったとき、妻が二人目の子を妊娠した。出産予定日は12月だった。子供が離乳食を食べられるようになれば、私でも世話ができるだろうと妻と話し合い、子供が1歳になるまでは妻が育児休業を取得し、それから年度末までの約4ヵ月間は私が育児休業を取る計画を立てた。保育園が新年度からのほうが入園させやすいと聞いていたので、3月までは自宅で保育をしようと、当初から考えていた。
 妻の妊娠から数ヵ月が経ち、私は職場の上司に妻の妊娠を報告するとともに、育児休業を取りたいと躊躇なく伝えた。上司は驚く様子もなく、自然に受け入れてくれた。当時の部署は昼休み中も電話が鳴り響き、食事を中断し電話に出るような状態で、勤務時間中もゆっくりする時間はなかった。繁忙期には夜遅くまで残業することもあり、職員が欠けると他の職員にかなりの負担が掛かることは想像できた。ただ、上司に伝えた当初は、同じ係の人に申し訳ないと思いながらも、私が育児休業を取るのは約4ヵ月なので何とかなるだろうとそんなに気にも留めなかった。しかし、私が育児休業を取る12月が近づくにつれ、私は育児休業を取っていいんだろうかという思いに駆られるようになった。あるとき、そんな不安を上司に伝えると、育児休業を取得するよう背中を押していただき、それで踏ん切りがつき、12月から晴れて育児休業を取得することになった。
 育児休業を夫婦で1年以上取得する場合、上の娘も保育園に預けられなくなるので、約4ヵ月間は二人の子供の子育てに勤しむことになった。といっても、妻が帰ってくるまで二人の娘をずっと一人で見ることは少なく、上の娘は私の両親に見てもらっていた。私の親が上の娘を迎えに来たあと、私は下の娘をあやしたり、寝かしつけてから、掃除や洗濯をした。お昼になると、作り置きの離乳食の材料に火を通し、下の娘に食べさせた。時には、両親のところでお昼ごはんをご馳走になることもあったが、離乳食は材料を持参し、私が下の娘に食べさせていた。妻が帰ってくる前には、ご飯を炊き、夕飯の下ごしらえをした。下の娘の風呂入れも私の仕事だった。二人を寝かしつけ、ようやく一日の育児が終了した。
 復職した私は、元いた部署に戻った。保育園の送迎は私がしていたが、育児休業を取ったことで、同じ係の人々にも育児への理解が深まり、みんなより早く帰る私を快く送り出してもらえた。女性職員からは「子育てに協力的で偉い」と褒めちぎられ、ヒーロー気分を味わい、若い男性職員からは「自分も育児休業を取ります」と言われ、先輩気分を味わうこともできた。

 私にとってこの4ヵ月は、親としての自覚や家庭での役割を再認識することのできた4ヵ月間でした。まだ自分の気持ちも伝えられない子供と対峙していると、私が子供の気持ちを理解し、子供を守らなければいけないという思いを強く感じました。また、家の中にはたくさんの役割があることに気づかせてくれたのは育児休業のおかげです。それは夫婦のどちらかが一方的に負うものではなく、二人で分かち合うべきものだと、難しく表現するとそういうことですが、端的に言えば、子育ては楽しいし、子育ても含めて家庭での役割を担うことで、家族の一員であることを強く実感できます。平日の午前中に娘を連れて家の近所を歩くのは、何とも清々しい充実した時間でした。

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