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パパの育児休業体験記

育休は、高校からの夢。夢の実現は、愛情の深化、仕事への自信に繋がり、働き方を見直す契機に

執筆者と家族の写真
執筆者の横顔:
(1)出版業・記者、(2)0~99人、(3)30代前半、(4)20代後半、(5)本人・妻・子3人(男児2人(5歳・6ヵ月)・女児1人(2歳))、(6)平成18年5月~6月(1ヵ月間)

夢の実現

吉田 大樹 さん

 育児休業を取りたいと初めて思ったのは、高校生のとき(平成6年)のこと。世界史を担当していた男性教師が「育休でしばらくいなくなる」と、堂々と宣言をしたことが今でも忘れられない。それから、「男性でもこんなに堂々と育休を取ってもいいんだ~。じゃあ、いつか自分も育休を取ってみたい」と思うようになった。思えば小学2年生(昭和61年)のときに、男女雇用機会均等法が制定されたり、義務教育でも男女別々の授業が減ったりして、性別に関係なく、自分のやりたい仕事に就ける社会になってほしいという思いがあった。その思いが男性教師の育休と結実し、「子育ても夫婦が共同して取り組まなければいけないのだ」と思うようになった。「育休取得が夢」--。たとえどのような業種・規模の会社であろうと、この夢だけは実行させたかった。

 現在勤めている会社の入社面接の際、すでに妻が妊娠5カ月であることを伝えた上で、「いまお腹にいる子が生まれたときは育休を取ることはできないが、次に子どもが生まれたときには、是非育休を取ってみたい」と伝えた。こんな発言をしたら採用されないかもと思いながら、自分の思いは主張していきたかったのではっきりと言った。そして、この会社に入り3年が過ぎ、2人目の子の妊娠が分かった後、上司に「子どもが生まれたら育休を取ります」と粛々と伝えた。ただ、妻が専業主婦だったので、育休期間は1カ月半と短期間にした。従業員も少ない会社なので、これ以上期間を長くすると、今後の仕事にも影響があるとの思いもあった。当然、金銭的に持たないという面もあるが・・・。

 妻には「絶対育休を取る」と結婚する以前から宣言していたので、妻も「しょうがないか」という気持ちでいたと思う。父親は仕事人間で、家事や育児にほとんど関与しなかったので、この反応はある意味当然だ。自分の母親については、「なぜ育休を取らないといけないの?」という感じだった。

 育休中は、当時2歳10カ月の息子のお守りが中心。毎日のように公園や児童館に遊びに行き、さらに休日だと混雑していてなかなか行けないようなところにも積極的に足を運んだ。特に、走り回っていることが好きな子なので、こちらも真剣になって一生懸命遊んだ。その影響で、自分の体重は徐々に減っていき、育休終了時には3kgほど減量していた。育児というのはそれだけ重労働な「仕事」ということが実感できた。また、子どもの漲る力を真正面から受け止め、その存在の大きさを感じることで、より一層子どもへの愛情を深めることができた。

 育休の経験は、子どもの成長を肌で実感できる素晴らしい機会だった。しかし、「育休を取得する」という夢が実現した半面、たった1カ月半だけだったのでイベント的な催しに終わってしまった感じもする。本当に重要なことは、「育休を取得すること」ではなく、「育休中に何をし、何を得られたか」ということなのだ。3人目が生まれた今も、妻は当然休むまもなく育児に明け暮れている。これが本当の育児だ。育休取得後、妻にもいつか好きな仕事をしてほしいとの思いがより強くなった。最近は自分の仕事が忙しく、平日に夕食を一緒に食べることが減ってしまった。まだまだ反省すべき点は多い。やはり少しでも長く子どもの成長を間近で見ていたい。今いろいろな思いが頭の中で蠢いている。仕事をしないと生きていけないという決定的な事実も存在する。ただ、夢を実行に移したことは、仕事でも積極的に主張すれば実現できるという自信を与えてくれたのも確かだ。自分自身の働き方も積極的に変えていかなければならない。

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