パパの育児休業体験記 4-09

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パパの育児休業体験記

2回の育児休業を取得。子・親、保育園の友達と親、そして先生とのつながり

執筆者と家族の写真
執筆者の横顔:
(1)会社員、(2)1,000人~4,999人、(3)30代前半、(4)20代後半、(5)本人・妻・子2人(男児1人・女児1人)、(6)平成15年9月~10月( 1ヵ月間)

ステキな育休ライフ

北村 俊幸さん

 2回。私が育児休業を取得した回数です。最初は、03年の9月から1ヵ月間。2回目は、06年の10月から1ヵ月間。1回目は上の男の子で、生後3ヵ月の頃、2回目は下の女の子で、生後1ヵ月の頃でした。いずれも、離乳食ではなく、ミルクの時ですね。

 仕事は営業の間接部門で、03年当時で入社5年目でした。間接部門ということもあり、仕事の都合をつけやすかったので、育休を取得しやすい環境でした。

 そもそも、私がなぜ育児休業を取得したのかですが、大学時代まで遡ります。育休を取得したお父さんの日記集を読んだことがきっかけです。育休を初めて知り、ワクワクしました。いつか絶対取りたいと思ったものです。子どもが好きということもありますし、まだ取得している人が少ないことも、私の心をくすぐりました。育児はその時にしかできないんです。特に生まれてから1年くらいの間、こんな成長する時期を見逃すのはもったいないですよ。

 で、会社に入り5年めにして、チャンスがめぐってきました。予想通り、会社で育休を取得した男性は、ゼロ。最初に周囲に取得すると言った時に、最も印象的だったのは、会社の反応でした。育休の申請方法について尋ねた時です。

 「どのような手続きが必要なのですか。」
 「奥さんの勤め先に聞いてください。」

 育休が、いかに女性の制度なのかが、よく分かりました。
休業期間が1ヵ月ということもあり、業務の引継ぎは、スムースでした。引継ぎが急に必要になるのではなく、休業までの時間が多くあるのも、育休のメリットではないかなと思います。もちろん、職場の理解があればこそです。中でも、上司が協力的だったのには、助かりました。上司の言葉。

 「長期で休めることは、めったにないことだから、一度仕事から離れるのは悪いことじゃない。必ず得るものがあるはず。」

いい人にめぐり合えたなと思えました。しかし、上司や同僚の協力がありながらも、不安なこともありました。自分がいなくとも、業務が円滑に進んでしまうことです。自分が必要とされていないようで、寂しい感じでした。人から必要とされることは大切なんですね。
というわけで、仕事では、障害となるものがほぼなかったわけですが、一つだけ問題がありました。お金です。収入が減るのはきつかったです。これには、以前から貯金するしかなかったですね。

 そうそう、育休への妻の反応ですが、
 「いいよ」
の一言でした。さすが、妻。こちらの性格を熟知している。

 さて、実際の育休中ですが、「しあわせ」の一言につきます。ただし、想像よりも、まったりとした1日が待っていました。ミルク、おむつ、あやす、寝る、起きるの繰り返しです。時間の余裕はないです。でも、子どもの寝顔を見ると、「あーしあわせだな」という気分になれるんです。ただ、一つだけ辛かったことは、夕方に突然泣き始め、何をしても泣き止まなくなる時でした。あやしながら、じっと耐えるしかなかったですが、自分の思い通りにならないことがこんなにもきついことなのかと実感できました。

 一方、下の子の時にきつかったのは、私が育休中に、妻の論文提出があったことです。子どもが寝たら、妻のフォローをし、無事に妻も卒業できました。少しは役に立ったかな。

 復帰後の仕事への影響ですが、時間を大切にするようになりました。保育園の送り迎えが毎日ではないけれども、あります。限られた時間をどう使うか。無駄な仕事なら、なくせないか、常に考えるようになりました。

 子どもとの関係で言えば、下の子の育休中には、上の子を保育園へ毎日送り迎えに行くことで、他の園児の親御さんと仲良くなれましたし、園児からも「~くんのお父さんだ」と言われるくらいになりました。子、親、園の友達、園の友達の親、園の先生という複雑なつながりができて、子どもに関われるようになったのは良かったかなと思います。

 以上、私の経験が、少しでも役に立てば幸いです。

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