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パパの育児休業体験記

子育て参加によって、我が家独特の育児分担が確立し、仕事上では効率性を意識するように

執筆者と家族の写真
執筆者の横顔:
(1)公務員、(2)300人~999人、(3)40代後半、(4)30代後半、(5)本人・妻・子2人、(6)平成14年8月~15年1月 (6ヵ月間)

育休はパパを「子育ての当事者」にする

阪本 真一さん

 結婚は10年前。妻はすでに育児休業経験者でした。前の夫との間に子が生まれたときに10か月休業したことを、よく話してくれました。育児の合間に、アマチュア無線四級の資格が取れたとか、それはそれは楽しくて、またとない貴重な体験ができるんだなあという印象を持ちました。私なら、撮りっ放しのビデオの編集ができるかな…なんて。
 実際に子どもができたときに、決定的に「休業すべき」と思った理由は、「私が休めば、妻の休業がその分短くて済むから」です。妻と私は、同じ市の正職員同士。当時1年間が主流だった育児休業を、夫婦二人で分ければ半年ずつで済む。同じ年度の内に戻って来れば、自分で開けた穴を、自分でカバーできる。これは職場にとっても好都合と考えました。
 男性の休業は想定していないだろうと思い、1年前に課長級の上司に伝えました。休業者が出ると、臨時職員を雇用して補うことになるので、その準備をしてもらうためです。
 上司も同僚も淡々と手続きを始めました。いい顔も悪い顔もしません。他の部署からも、非難、賞賛どちらの声も聞こえません。驚くほどの無反応でした。妻と私、両方の職場で1年のブランクを作らなかったことは、少なくとも評価されていいのにと思いました。
 性別に関わらず就業・休業のチャンスを平等に与えるのが男女共同参画。それを推進する立場の行政職員として、誰も表立っては反対できないものの、内心では私の行動に違和感を覚える人が少なくないのでしょう。その後6年間、私の後に続く男性はいません。
 平成14年2月1日、第2子誕生。まず妻が、産後休暇に続いて8月15日まで休業しました。思い返してみると、私はその間も、在宅時は赤ん坊の世話をしていました。3歳以下の子どもを育てるのは初めてなので、ひたすら妻の言うとおりにしていました。育児書なんかは読みません。元々私は子どもが好きとか、こだわりの育児がしたくて休業したわけではありません。ただ妻と平等に働くために、そこに発生した子育てという課題を、妻と等分しただけです。男性たちがそういう意識に立てば、自然に休業も増えるでしょう。
 8月16日、妻が仕事に復帰し、私の育児休業が始まりました。1月31日までの169連休です。育児といっても、難しいことを始めるわけではありません。それまで帰宅後にしていたことが、一日中に延びただけです。ただし、責任の重さが違います。朝、妻が出勤すると、私は6か月の息子と二人きりになります。妻が帰宅するまで、この子の命を一人で預かることになります。決まった回数・分量のミルク、離乳食…正に「仕事」です。「仕事人間」の方が適応しやすいかも知れません。育児は休業に値する、と実感しました。
 育児休業は、「仕事と家庭の両立」の象徴のように言われます。でも育休とは、育児一辺倒が許される特別なひととき。両立に挑むのは、その後に続く長い長い親の時間です。
 夫婦両方が休業を経験することで、子育てに対する当事者意識が均等に根付きます。そうなれば、一方の仕事が多忙なとき、他方が育児をフォローできる。「両立」が容易になります。私の場合、保育園入園につながる期間に休業したため、必然的に入園の準備や手続きを担当することになり、妻よりも保育園に詳しくなりました。その勢いで、学校についても主に関わるようになり、妻に偏らない、我が家独特の育児分担が確立しました。それが一番大きな効果です。育児時間を確保するため、職場では定時退庁や計画的な休暇取得を意識するようになり、以前にも増して効率的な業務遂行を心がけるようになりました。
 私の育休は、当時小学1年生の長男とふれあう時間にもなりました。実は赤ちゃんよりも、その子の相手が大変で、ビデオの編集なんてとても無理でした。しかし、その時期にしか得られない「育児」という経験の方が、はるかに大きな収穫と言えるでしょう。

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