平成21年10月30日

内閣府仕事と生活の調和推進室 発行
Office for Work-Life Balance, Cabinet Office, Government Of Japan


  男性の介護実態と家族介護者支援の課題について、立命館大学産業社会学部の津止政敏(つどめ・まさとし)教授にお話を伺いました。

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●男性も介護を支え合おう
  本年3月、私が事務局長を務める全国組織「男性介護者と支援者の全国ネットワーク(略称:男性介護ネット)」が発足いたしました。京都にある立命館大学で開催された発足会には、全国から160名もの参加者が集まり、熱気に包まれました。また、全国33都道府県152人から寄せられた声を『男性介護者100万人へのメッセージ~男性介護体験記』として出版したところ、さまざまなメディアに取り上げられ、反響を呼んでおります。
  一人ひとりの介護体験が埋もれたり、風化することなく、皆の共有財産となって蓄えられ、社会の経験知になること。男性介護者の孤立解消や交流促進の取組みが、少しでもワーク・ライフ・バランスを見直すきっかけになればと考えています。
  スタート当初、介護保険制度の目指したものは「介護の社会化」でした。家族を介護から解放させるとともに、在宅の介護環境を整備する。この二つをスローガンとした介護の実態がどのようになっているのか。介護保険10年目の検証として、男性介護者の視点からお話しします。

●介護の社会化は進んだか
  これまでの介護は、長い間、家族が行うのが当然とされてきました。いわゆる「家族依存」、丸投げの状態です。ところが、さまざまな問題提起により「家族支援」、家族が支援を受ける立場になります。在宅福祉が進み、介護激励金や慰労金などによる介護者負担の軽減が始まり、デイサービスやショートステイが登場しました。そして、家族支援の実践の中から「本人支援」という新たなステージが登場し、介護保険や障害者自立支援法が作られました。ですが、「本人支援」ということが強調される中で、負の側面も見えてきました。「本人のため、もう一度家族も頑張ろう」と声高に叫ばれ、かつては家族を介護から解放するというスローガンだったのに、家族が再度、介護の資源となって回収されようとしています。一方で、「本人支援」の強調は、圧倒的な家族介護の存在を見えなくし、「家族支援は終わった」という誤解や錯覚を与えかねません。
  では、介護保険制度のもと、家族の負担はどうなったのか。厚生労働省の資料によると、2007年の要介護認定者数は451万人、この中でサービス受給者は364万人です。そして、施設サービスの利用者は82万人、居宅サービスは263万人。要介護者の8割以上が在宅で、家族あるいは一人で暮らしています。家族は介護から解放されたのではなく、介護の中身が大きく変化し、介護者と被介護者の関係が複雑化していることが分かります。
  これにより、現時点での状況は「本人も家族も深い葛藤にある」と言えます。本人支援といっても十分ではなく、家族をあてにせずに暮らせる介護環境かといえば、そうではない。家族がいなくては暮らせない以上、介護支援の枠組みを、本人支援だけでなく家族介護者をも含めたものにすることが求められているのではないでしょうか。
  介護保険制度には「介護の社会化」と「在宅の介護環境を整備する」という狙いがありました。しかし、介護環境が整うことによって在宅介護期間が長期化し、要介護者と介護者の双方の高齢化、重度化が進む。さらには家族間の葛藤が深まり、より複雑になっているのです。

●増え続ける男性介護者
  ここで男性介護者の介護実態を検証してみましょう。主たる介護者の性別が、40年前は大半が女性だったのに対し、2007年では3人に1人が男性。介護者の続き柄を見ても、40年前は子の配偶者である嫁が半数を占めていましたが、今では息子や夫が加わり、その割合も近づいて団子状態です。これは家族の中で介護が必要になった者が出た場合、その場に居合わせた者が介護するしかないという状況を示しています。性別を問わず、仕事があろうとなかろうと、家事ができようとできまいと、若かろうと若くなかろうと……とにかく、その場に居合わせた家族が介護者の役割を担う。これが現代の介護環境です。
  なぜ、このような状況になったのか。わずか数十年の間に、世帯構造が大きく変化したことに起因します。1986年と2007年の国民生活基礎調査から65歳以上の高齢者のいる世帯を調べたところ、夫婦ともに高齢者の世帯が23.9%→46.7%と激増、単独世帯(独居)、親と未婚の子のみの世帯もそれぞれ13.1%→22.5%、11.1%→17.8%と増加しています。三世代世帯だけが唯一、44.8%→18.3%と大きくダウン。男性介護者が増えたことは、なんら不自然ではありません。

●在宅の介護環境整備は進んだか
  従来の介護保険や介護休業制度が想定する家族介護者とは「若くて体力があり、家事も介護もでき、介護する時間があり、介護者になる覚悟がある」というものです。これらの制度は、彼らの存在があって初めて成り立つものでした。ところが実際は、介護者の多くは「若くもなく、体力もなく、家事も介護もできず、介護する時間もなく、介護者であることに戸惑っている」状況です。男性介護者の増加は、本来であれば男女共同参画社会の実現に向け非常に喜ばしいのでしょうが、手放しでは喜べない状況です。というのも、ここに介護の「質」の問題が関わってくるからです。
  2007年に実施した私どもの調査(立命館大学人間科学研究所・医療生協調査)では、男性介護者の平均年齢は69.3歳と非常に高く、自身の健康状態についても通院57.3%、不調7.8%と、介護と自らの病気の二つの負担を抱えていることが分かります。また、介護により退職した人は21.6%となっており、仕事との両立の困難さがうかがえます。被介護者との関係で男性介護者の年齢を見てみると、夫の場合は70代と80代が、息子の場合は50代、60代が圧倒的多数となっています。50代、60代の男性といえば、介護が必要な親や高齢期に入ろうとする配偶者がおり、さらに子どももいる、一家の大黒柱的存在です。一方、世帯人数を見ると、2人が半数以上ですから、主たる介護者以外には誰もいない、いわゆる「背水の陣」で介護を行っていることが分かります。家事や介護で困っていることについて、「何も困っていない」と答えたのはごくわずかでした。
  現行の介護保険制度では、同居家族がいる場合、原則として家事援助は受けられません。これには類推すれば二つの理由があって、一つは我々が既に卒業したと思っていた「家族が介護をやって当然」という考え方が未だに残っていること、もう一つは「同居する家族であれば、家事くらいできて当たり前」という考え方です。ところが、介護保険制度が前提とする同居家族とは即ち「若くて体力があり、家事も介護もでき、介護する時間があり、介護者になる覚悟がある」者であり、男性介護者の実態はそれとは真逆ですから、問題が発生するのは当然といえます。

●10年目の新たな課題
  仕事ひと筋から、介護ひと筋の生活へ。会社時代は仕事ばかりで、それ以外のことは全て家族が引き受けてくれたから、男性たちは仕事以外に煩わされることなく生活ができました。ところが介護をするとなると、家事などについて、あれこれ手をつけてこなしていくというようなことが非常に不得手なため、途端に弱者になってしまう。「弱音を吐かず、誰にも頼らず、目標を立て、一人で抱え込み、達成に向けひたすら尽力する」ということでは、介護中心の閉塞した生活にならざるを得ません。おそらく女性だとこうはならないでしょう。
  一方で、介護というと負担感ばかり目立ちますが、調査やインタビューからは違った一面も見えてきます。介護を行う中で、介護者たちが、そこに生きがいややりがいさえも見出すようになっているのです。負担と喜びが切り離し難く存在し、決してどちらか一方だけではない。いわゆる「両価性」が家族介護の特徴です。ですから介護の現状を目の当たりにした時に、家族から介護を取り上げれば済むという単純な問題ではありません。
  家族には家族の歴史があり、それぞれの事情がありますから、家族関係を無視するかのような提案は受け入れられない。家族の介護感情に即し、負担感と喜びという両価性に折り合いをつけながら、不幸な事件に至らないようどのようにサポートしていけばいいのか。そこに難しさがあるのだと思います。

●家族介護者支援の必要性
  男性介護者の調査を通じ、私は、介護する家族をも視野に入れたケアの必要性を強く感じます。本人支援と同時に、家族介護者を支援する枠組みを作らない限り、介護がうまくいくはずはない。なぜなら日本では、要介護者の8割以上が在宅という事実があるからです。さらに家族それぞれに歴史があり、家族の要介護状態を「自分たちの手で何とかできれば」と思っている人も少なくありません。
  老老介護、息子介護、シングル介護、遠距離介護、週末介護、別居介護、認認介護、兄弟姉妹介護、伯父伯母介護……介護形態が多様化し、若くて体力のある介護者ばかりではなくなってきました。中でも男性介護者に着目した場合、家事、仕事(離職)、家計(貧困)、地域(孤立)といった課題が浮き彫りになってきます。これを、在宅介護の長期化・重度化・高齢化という介護実態に即し、どう立て直すべきでしょうか。

●できること、求められていること
  今、私たちがすべきこと。それは実際の介護の現場でどのようなことが起きているかを、「見える化」、可視化することです。「家族介護者の会に入り、会員の話が聞けてよかった。」という声を耳にします。同じような境遇の人の悩みを聞き、「自分は修行が足りない」と思う人もいるでしょうし、「自分の介護経験が役立ってよかった」という人もいるかもしれません。ただ、いずれも、家族の介護感情をみんなで分かち合うことで、余裕や安心、希望が生まれたとのこと。そこには、気持ちを萎えさせないという効果もあります。そしてまた、負担と喜びという両価性を持った自らの介護体験を「誰かに聞いてもらいたい……」と考えている人も少なくありません。ですから、家族介護者の集いや介護体験記などを通して、多くの人たちと一緒に介護感情を分かち合うような取組みが求められており、さらには、それを地域で「介護の経験知」として蓄えていくことが重要だと考えます。
  企業においても同様です。経験知が足りないから、介護休業制度の取得が伸びない。介護休業制度を利用し、介護しながら仕事を続ける先輩や上司から色々な話を聞くことができれば、自分の家族から要介護状態が出た時、自身に当てはめて介護という行為をイメージすることができると思います。と同時に、在宅介護を自己完結させないこと。在宅介護の延長線上に「みんなと暮らす」「一緒に暮らす」という新しい介護ステージを承認し、創造する取り組みが必要で、まずはそこに向けて智恵を集めることが重要ではないでしょうか。

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Q&A

●今回、介護実態を調査した295名は、どのような対象者ですか。
○(津止氏)
 医療生協とタイアップし、全国の診療所や施設を利用している方々から男性介護者をピックアップし、アンケートを取っています。おそらく介護サービスの利用者でもあると思います。

●ワーク・ライフ・バランスの施策充実の一環で介護休業を増やすなどしている企業がありますが、そのような企業でも介護休業の実態については把握しきれていない企業もあるようです。プライバシーに踏み込むことにもなりますし、どこまで何をすべきか、非常に悩ましく考えている会社も多いと思いますが……。
○(津止氏)
大企業ほど、国が定めた介護休業制度の仕組みをはるかに上回る内容を設定していますね。にも関わらず「なぜ取得者が増えないのか」という人事担当者の声をよく耳にします。介護と仕事をどうやってやりくりしているか、まずは社員の実例を挙げていくことが先決では。

●職員を対象にした退職準備プログラムのセミナーでは「介護を扱って欲しい」というリクエストが非常に多いようです。男性の場合は特に、家事の問題やネットワークの重要性を感じます。セミナーに来る従業員に向け、その他伝えるべきポイントは。
○(津止氏)
 やはり、介護体験者の具体的な話を聞く場面が必要でしょう。我々の男性介護ネットや認知症の人と家族の会にも「自分たちの声を何かに役立てたい」と思っておられる方がたくさんいます。また、あらかじめ備えがあるのと、備えがないまま介護の場面を迎えるのとでは大きく違う。そういう意味でも、実際に介護問題を抱えた方々の生の声を聞くことは非常にインパクトがあり、説得力があるんです。ちょっとしたパンレットを作るだけでも効果的だと思います。

●介護への備えとは、具体的にはどのようなことと考えたらよろしいですか。
○(津止氏)
 「(たとえ介護されても)自分だけは介護者にはならない」と思うのは大きな間違いで、誰もが介護者になり得る。まず、このことを理解すること。そしてもう一つは、公的支援の中身をおぼろげながらでも知っておく。現行の介護制度は未だ十分とはいえませんが、10年前とは大きく様変わりしています。全てを自力でやるのではなく、公的支援を生活の中に取り込みながら介護していく時代なのです。
 また、自分や家族の老後を託せるような社会福祉の水準を作っていくことも大切です。未来永劫、同じ水準が続くことはないのだから、自分たちにふさわしい老後をイメージし合い、作り上げていく。イメージが豊かであればそれだけ、公的支援の内容も豊かになっていくはずです。

●介護のあり方が進化していくためには、国や自治体の介護施策だけでなく、地域での自助・共助の部分も大きいのでは。施策を見ていても、コミュニティの力が非常に重要で、その力を蓄えるため行政が支援するという方針のように思います。働きながら、できる限り社会参加しておく。そしていざ必要になった時、助けてもらう。難しいかもしれませんが、自分もできるだけやっておかねばと感じました。
○(津止氏)
 地域が、社会福祉的な機能を持っているのとそうでないのとでは、大きく異なります。例えば徘徊しても、皆が手分けして探してくれるような所で生活していると、具体的な手助けはないかもしれないが、安心感がありますよね。「何かあれば皆が支えてくれる」「一緒に考えてくれる」地域というのは、これからの、あるべき姿ではないでしょうか。
 地域コミュニティの希薄化が問題視されていますが、その反対に、介護を媒介として地域の関係が強化されていくこともあり得ると思いますよ。
●75歳以上の後期高齢者のうち、要介護は2割とか。その一方で「まだ何かできる」「自分の力を活かしたい」と思っている高齢者もたくさんいらっしゃいますから、今後は「高齢化社会を支える高齢者」についても考えていく必要があるとも思います。50代、60代になった時、退職後を見据えて「地域で自分は何ができるか」を考えておくことも、一種のワーク・ライフ・バランスですね。本日は有り難うございました。
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