平成22年12月27日

内閣府仕事と生活の調和推進室 発行
Office for Work-Life Balance, Cabinet Office, Government Of Japan


今回は「格差社会を生きる若者のワーク・ライフ・バランス視点」について、中央大学文学部教授の山田昌弘氏にお話をお伺いしました。

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●拡大傾向にある格差社会

「日本は少し危機感を持って社会の改革に取り組む必要があるのではないでしょうか。先日、国際結婚を調査するため、香港などのアジア諸国を訪れる機会がありました。調査をしたアジア諸国では、フルタイムのメイドを月3万円で雇用することができます。そのため、現地で結婚した日本人女性の多くは、メイドを雇っています。アメリカの高所得者夫婦でも、共働きならベビーシッターを雇っています。一方、ヨーロッパでは、ワーク・ライフ・バランスが進展し、長時間労働がなく、保育所や育児休業など社会保障制度が整っています。このようなアジアやアメリカ、そして、ヨーロッパの状況と比較すると、日本でフルタイムで働く女性は、長時間労働に晒され、一方、非正規の女性は社会保障制度が手薄い。つまり、どちらに転んでも踏んだり蹴ったりの状態なのではないでしょうか。」
「日本で35歳以上45歳までの親と同居している未婚者、つまり「中年パラサイト」が260万人に増えました。そのうちの1割が失業者、また1割が非正規労働者で、その多くの両親が60歳以上です。この実態から「年金パラサイト」とも言うべき親の年金をあてに生活をしている30~40代の未婚者が、50万人程いることが予測されます。」。今後、この問題が将来大きくなりそうです。これも、男女共同参画、ワークライフバランスが進展していない結果なのです。 」

●二極化する労働

「アメリカの経済学者ロバート・ライシュは、今の社会は働く人に圧力がかかる社会であり、生産性の高い人と低い人に労働が分かれ不安定になっていると述べています。知的労働・創造的労働が増える反面、機械に使われるような労働も増えています。検品、配送、清掃などの機械ではできないが生産性の低い単純労働等がそれに当たります。このような単純労働は体力的、精神的に辛く、とあるオートメーション化が進んだパン工場でアルバイトをした学生から、あまりに単調で2日で辞めてしまったという話を聞いたこともあります。」
「グローバル化による競争激化のため企業はコスト削減を強いられています。生産性の低い単純労働には高い賃金が与えられず、そのような労働の機会しか持てない人は、長時間不規則に働かなければ自立した生活が成り立たないといった状況です。家族と同居していればなんとかなりますが、一人暮らしのフリーターなどは生活のため、「朝は魚河岸で働いた後に少し寝て、夜はレストランで働く」といった「ダブルワーク」をしている人を調査したこともあります。また自営業の人も「仕事を断ったら次の仕事が来ないかも知れない」という不安から過剰労働に陥りがちです。このような人たちは休みを取ることが難しく、過酷な労働環境におかれていると言えます。」

●便利なサービスを支える労働者

「次はサービス労働の問題を考えてみましょう。サービス労働の問題のポイントは、消費者と労働者が同時に存在しているということです。社会が便利になり、マッサージから配送、修理、配膳また保育に至るまで、企業は24時間消費者のニーズに応えられるよう従業員を働かせる体制になってきています。例えば、パソコンの電話相談サービスは、夜中の12時であっても質問に丁寧に答えてくれます。また、大学図書館も最近ではアルバイトを雇って、夜9時頃まで利用することが可能です。このような仕事をしている人は一体いつ寝ているのでしょうか。ワーク・ライフ・バランスを達成することはとても難しいように思われます。製造業や会社の事務など、普通は昼間だけ働けば良い仕事にのみ対して、ワーク・ライフ・バランスが適用される社会のように思われます。」

●大企業の正社員が主役のWLB論

「日本は、非正規社員に対する差別を温存したままワーク・ライフ・バランスに突入してしまいました。新卒一括採用や終身雇用の労働慣行により、新卒時に正社員になれなかった人がその後正社員として大企業に勤めることは難しいのが現状です。一方で、ワーク・ライフ・バランスの恩恵を受けることができるのは大企業の正社員や公務員のみです。つまり初めに正社員として「中に入る」ことが出来た人だけが安心で、ワーク・ライフ・バランスを実現することが可能であるのです。非正規社員は弱い立場にあるため、企業に言われるがまま不規則に長時間働くしかないように思われます。この構造は日本以外の国でも起きていて、ワーク・ライフ・バランスが生まれた本家本元であるイギリスでは、ワーク・ライフ・バランスは高収入者のぜいたくであるという意見を載せた論文も読みました。」

●父親が育児休業を取得することは難しい

「特に育児に関して、苦労している人が多いようです。育児休業中は所得が通常の給料の50%になるので、母親が専業主婦やパート勤務である家庭で、父親が育児休業を取得した場合生活が難しくなります。実際に育児休業を取った父親の話を聞くと、奥さんが医師であったり、中小企業の役員であったり比較的高収入なケースが多いです。現在、育児をしている家庭の約7割の女性が専業主婦、また残りの3割のうちの約半分がパートタイム労働者です。このような家庭では、父親が育児休業を取得した場合、収入が減り生活ができなくなります。」
「母子家庭ではさらに深刻です。子どもを抱えながら、深夜、不規則に労働をせざるを得ない弱い立場の女性は、普通の公立保育園を利用できません。能登半島にある「加賀屋」という旅館は、顧客に質の高いサービスを提供することで有名ですが、一方では仲居さんなど従業員のワーク・ライフ・バランスにも力を入れています。旅館の仲居は週末や朝夕の時間帯が忙しい職業で、普通の保育所では対応しきれません。そのため、朝食と夕食は保育所で提供し、昼食は母親と子供が一緒に食べることができる、仲居さんのための企業内保育所を作ったそうです。不規則化せざるを得ない労働時間に対応した施設が必要なのです。また、日本の制度では、失業しにくく立場の強い正社員にのみ育児休業や失業保険が適用されるため、立場の弱いパートなどの非正規社員の人のための取組が必要ではないかという意見が聞かれます。」

●安定志向の新入社員と「夢」を追う非正規社員

「日本生産性本部が2010年に行った調査によると、新入社員の中で「年功賃金を希望する人」が半分、「今の会社に一生勤めようと思っている人」は57.4%にのぼり、安定志向の若者が増えていることが分かりました。海外勤務を希望しない人や専業主婦志向で婚活に走る女性も増えています。また、学生はまじめで昔のように自分でやりたいことを見つけることもできなくなっているように感じられます。50年前は、就活をしなくても企業の役員が大学まで来て「是非、当社に入社してほしい」と学生を刈り取って行く時代でしたし、20年前でも就活しなくても就職できましたので、当時の学生もじぶんのやりたい勉強や遊びに熱心でした。」
「正社員として働く若者が安定志向になる一方で、非正規社員として働く若者、特に男性は俳優や野球選手などの「夢」を追うようになりました。また地方の非正規社員の中には、パチンコやゲームセンターに稼いだお金をつぎ込む人もおり、このようなバーチャルの世界で精神的な充実を得ているようです。」
「優秀な人材、特に女性には海外で就職をし、そのまま日本に戻ってこないという現象も見られます。最近では女性は年間8000人海外で国際結婚をしており増え続けています。それに対して、日本人男性と結婚し日本に移り住みたいという外国人女性の数は減少傾向にあります。」

Q&A

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●キャリア観に関しては、両親の影響というよりも周りの環境や自分自身がどうコミュニケーションを取っているかの方が大事だと考えますが、先生はどのようにお考えでしょうか。
○(山田氏)
 そのような傾向があるというだけで、一概には言えませんが、私は、母親の影響が大きいと思っています。母親が自分の子どもにキャリアをみにつけさせたいという志向である場合、子供をキャリア志向にさせる傾向があると考えます。

●ある業界で採用試験を大学4年の4月以降に開始にしようという動きがありますが、就活の現状に対する先生のご意見を聞かせてください。
○(山田氏)
 国が強権をもって規制しなければ、全ての企業で4月以降に採用試験が開始されることは難しいと思います。現代の若者は、前例をみて行動する傾向があります。4月から就活を始めた普通の学生が5月や6月に内定を貰ったという結果がでれば普及するでしょう。

●今後は、労働時間が短縮され賃金も改善する方向に向かうのでしょうか。
○(山田氏)
 長時間働いてお金を貯めたい人もいるので、自分の好きなように労働時間を自由に決められる方が良いと思います。格差はできても柔軟に労働時間を決めていける社会を目指していくことが望ましいでしょう。
 オランダなどでは「失業給付」が3年間支給されるので、労働者は自分にあった働き口が見つかるまでじっくりと仕事を探すことができ、労働市場での立場も強いです。日本では他国と比較すると労働者の立場が弱いので、労働者の立場を強くするシステムも考えるべきだと思います。

●専業主婦志向の女性がいる一方、海外に移り住む女性もいるということで、何がその志向や行動パターンを分けているのでしょうか。また男性も同様に二分化される傾向があるのでしょうか。
○(山田氏)
 性格としか言いようが無いでしょう。日本で専業主婦志向の人と、海外に進出してバリバリ仕事をする人とは確かに違います。親から手に職をつけるよう教育されてきたなど、やはり親の影響が大きいと思います。また男性に関しては採用時に女性に比べて差別されることが少ないため、優秀な人材が海外に行ってしまうことも少ないと言えます。

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